■旭山動物園革命■
(小菅正夫著『旭山動物園革命』から抜粋、角川書店)

「不要な人材は1人としていない。それに気付けば組織は伸びる」
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 動物園に珍獣はいらないのと同じ様に、組織にも「飛び抜けた人材」はいらない、というのが私の持論だ。

 この考えに至ったのは、私が学生時代に青春のすべてをかけて取り組んだ、柔道に教えられたからだ。

 人生を生きていくうえで必要なあらゆることを柔道から教えられた。

 振り返ると、主将になった頃の北海道大学柔道部の状況と、入園者数の減少に喘いでいた頃の旭山動物園が置かれた状況が、とても似ているのである。

 それもあって、柔道から学んだことが、いまの動物園運営に生かされているのである。

 大学3年の夏、主将に任命された。

 部の中で強いほうではなかったのだが、なぜか先輩から指名されたのだ。
 
 当時の北大柔道部は、北海道の中では強くても、全国レベルで見れば強くはなかったのである。
 
 練習をする際、いつも念頭に置いていたのは七帝戦(七帝柔道)という団体戦であった。

 当時、北大柔道部には特別強い選手がいるわけではなく、この大会では私が1年のときに1回勝っただけで、その後、5連敗を喫し最下位が定着しつつあった。
 
 そんな最悪の時に主将を任された。
 
 あらためてメンバーを見渡したところ、飛び抜けて強いスター選手は1人心いなかった。
 
 しかし個性のある部員は多かった。
 
 稽古には来るが学部の研究の事で頭が一杯の男、ぜんぜん稽古に来ない男、言いたい事を言う部員・・・。
 
 しかしみんな憎めない部員ばかりだった。

 私は最初からスター選手を必要としなかった。

 決してやせ我慢ではない。
 
 むしろスター選手がいる事で、他の選手がそのスター選手に頼ってしまうため、チームとしては強くなれないのである。
 
 それより、素質があってもなくても、能力に差はあっても、たゆまぬ努力を重ねながら強くなっていく選手達が、一つの目的に向かって一丸となっているチームのほうが強い。

 団休戦柔道には「1人の怪物は1の穴によって相殺される」という教訓がある。
 
 つまり、団休戦の場合、いくら1人のスター選手がいても、実力のない、たった一人の選手によって、スター選手の力が帳消しになってしまうという意味である。とはいえ、学年も実力も性格もばらばらなチームをどうやってまとめていくかには腐心したのである。

 まず、個性派揃いの同期をどうまとめるかである。
 
 北大柔道部は、伝統的に学生主体であり確固とした自分の意見を持っている部員が多かった。
 
 放っておくと、自己主張だけは人一倍強いから、それにいちいち取り合っていてはチームがまとまりをなくしてしまう。
 
 かといって、下手に「オレについてこい」と、独裁的にやろうとすると、個性を殺してしまうし、へそを曲げてしまうのは目に見えていた。

 そこで目標を決めたのである。
 
 はっきりさせたのは、「七帝戦で優勝する」という目標。
 
 そして、そのための手段も明確にした。
 
 一人一人が負けなければ良い。
 
 その為にに寝技を徹底的に稽古するという事だった。
 
 七帝戦は七帝ルールという戦前の高専柔道のルールを踏襲した寝技への引き込みが許され、寝技での膠着の「待て」がない、そして15人戦の抜き勝負という特殊な柔道。
 
 だから、七帝戦優勝のために寝技の強化を最優先課題としたのである。

 個性派に細かな事は言っても始まらないので、目標と対策だけ言って、あとは自分がいいと思った事をやってくれと言った。
 
 何をどうやるかは、自分の責任においてやってくれと言ったのだ。
 
 これは丸投げではない。
 
 結局は、彼ら部員のやり方を信頼し、尊重したのである。
 
 そういう個性がある人間ほど、人に言われてやるよりも、自分の意志でやったほうがやりがいを感じる、と思ったからだ。

 彼らにもう一つ注文を出しだのは、「最上級生は必ず同期と稽古する」という事である。
 
 後輩は先輩と稽古すればたしかに強くなる。
  
 しかしそれでは、先輩は上達しない。
  
 みんな、同期と徹底的に稽古(乱取り)をやる様になった。
 
 その目論見は見事にあたった。
 
 同期2人が乱取りを始めたのだが、片方が一瞬本気を出して、腕を思いっきり極めた。
 
 骨折こそしなかったがボキッと大きな音が鴫った。
 
 それがきっかけになって闘争心に火が付いたのだろう。
 
 「貴様!」と言って、信じられないぐらい激しい稽古が数本続いた。
 
 一度、闘争心に火が付くと、その後手抜きしなくなったのである。

 もう一つ、試合に出られるか出られないかのボーダーラインにいる選手が2人いた。

 一人は私の同期だが彼らを何とかレギュラーにする事を目標の一つにしたのである。
 
 結果は、同期がレギュラーになれなかったのだが、2つの成果があった。
 
 一つはレギュラーになれた選手によって、徹底して稽古をすれば試合に出られるチャンスがあるという事を、特に後輩の目に見せる事ができた点である。

 彼を見る事で、頑張れば自分も選手になれるという可能性を感じ取れた筈である。
 
 もう一つは、レギュラーにはなれなかったけれども、必死で稽古に取り組んだ男がいた事を部員全員の目に焼き付けられた事である。

 実は、このレギュラーになれなかった男は、必死に稽古をしていたのである。

 彼が一番のキーマンだったと思っている。彼は細い身体で必ずしも柔道に向いている体格とは言えなかった。
 それでも稽古中、私に顎を外されながらも歯を食いしばって道場に来ていた。

 私が目指した北大柔道部改革のなかで、彼が一番のキーマンだったと思っている。

 団休戦を戦うチームにとって、そういう部員の存在が大切だと考えている。
 
 レギュラーになれなかった控えの部員達が、イキイキとしているか否かがそのチームを判断する重要なバロメーターであると考えている。
 
 彼らが、レギュラー選手を支える為に、自分にしかできない努力をどれだけやったか。
 
 それが一番大事だと思うのである。

 他の選手には、稽古台になってくれた部員の思いが肩にかかっている筈である。
 
 その思いが強いほど土壇場で信じられない力が出る。
 
 あいつらの為に頑張らなければという思いが力になるのである。
 
 チームが勝ったら、実は控えの部員が偉い。
 
 控えの選手がクサってやめてしまう様なチームは絶対に強くなれないのである。

 個性派は、無理やり引っ張らずに目標を示して任せる、コツコツやるタイプには、希望になる選手を見せて「次はオレも・・・・」と燃えさせる。
 
 そして例えレギュラーになれなくても、レギュラーになる選手の為に自分ができる事を精一杯やる。

 不要な選手は1人としていない。
 
 必ず個性が活かされる場所がある筈なのである。
 
 そうした雰囲気が部内に定着し始めた時き、チームは「優勝」という目標に向かって動き始めたのである。

 一年間、懸命に稽古した結果「国立7大学柔道優勝大会」では決勝戦に進出。
 
 惜しくも京都大学に大将決戦で敗れたが、準優勝という結果を残せた。
 
 目標を決めて、それに部員が一点集中していく。
 
 「例え部員の能力はドングリの背比べでも、強豪を倒していけるんだ」という事が、都員達にも肌身にしみてわかった筈である。

 それぞれの個性が活かせて、それぞれの役割を果たす事。

 そういう環境にいれば人はイキイキできる。
 
 そういう確信が、旭山動物園の「行動展示」という展示につながっているのである。

 この経験は、旭や動物園に入ってから、特に組織の在り様を考える上でも役立っている。
 
 組織という面でいえばトビキリのスター飼育係はいらない。
 
 全員の飼育係が、それぞれの持ち味を発揮できる様な組織が理想的である。
 
 下手に管理をするよりは、動物園の目標や存在意義を分ってさえいれば、後は思う存分、自分のやりたい事をやればいい。

 飼育係が、自由にやりたい事をやれる環境を整えるのが園長の役割だ。
 
 そうする事で動物園の動物達の様に、イキイキと輝く事ができると思う。
 
 例えば、手書きボッブの内容に関しても一切チェックしない。
 
 チェックをし始めると、どうしてもボッブに書く内容を自己規制してしまうおそれがあるからである。

「どうせ、園長からこう言われそうだから、本当はこうしたいけど、こうしておこう」というよりも、少々失敗作があってもいいから、思いっきり自分がやりたい様にやってほしい。

 その方が成功しても失敗しても勉強になる。

 勝負には徹底的に執着するが、結果にはあまりこだわらない。
 
 つまり、作戦どおりやって負けたら、それは相手が一枚上だったという事である。
 
 動物の飼育でも全力で取り組んで上手くいかなければ、まだ実力が伴っていないという事である。
 
 次の機会に頑張ればいい。

 又、飼育係の一人一人に能力の差があるのは当然である。
 
 職員は少しずつ能力を上げる人を見ている放っておいてもガンガン新しい事をやっていくタイプもいれば、なかなか新しい事を考えつかないタイプもいる。
 
 近道を探すのは上手ではないけれども少しずつ前進していくタイプもいる。
 
 組織というのは、後者二つのタイプの様な人が伸びていく環境でなくてはならないと思っている。
 
 間違っても、そういう人がクサって仕事のやる気をなくす様な事態は絶対に避けなければならない。

 なぜなら、職員は少しずつ能力を上げていく人を見ている。

 その人によって励まされる人もいれば、「若い奴も捨てたものじゃないな」、「若い奴に負けてはおれない」と刺激を受けるベテラソ職員もいるだろう。

 又しても北大柔道部の話だが、数年前大学に入って初めて柔道を始めた部員がいた。
 
 身長167センチ、体重75キロと肉体的に恵まれず、柔道センスもけっして良いとはいえない。
 
 そんな彼が3年生で選手になり、七帝戦で北大を優勝に導くために重要な働きをした。
 
 私は観戦をしていて感動を覚えた。
 
 3年の間にどれだけの汗を畳に染み込ませたかが分ったからである。

「限界を超えて、自分自身と戦える人材の育成」これが北大柔道部の目指すものだったが、正に彼はそれを体現したのだ。

 こうした存在がいると、とても良いチームができる。
 
 部員全員が彼の存在を見て意識が変わるからである。
 
 これは企業でも同じだと思う。 

 もう一つ大事にしているのは「失敗を怖れずチャレンジする気持ち」である。
 
 アイデアを考えたのに実行に移さない人に怒る事がある。
 
 失敗なしで成功する人間なんていない。
 
 生物の進化は数え切れないぐらいの遺伝子の失敗があり、たまたま上手く一つの突然変異が、遺伝して増えていくのである。

だからやってみなければわからない。

 失敗をしながら進んでいくしかない。
 
「失敗した事しか覚えていない」というベテラン飼育係でさえ定年を間近に控えているのに、「園長、新しい展示をやりますから」と提案してくれた。

 そういう人でも失敗を繰り返し新しい事にチャレンジしながら、真のプロフェッショナルになっていったのである。
 
 彼は「仕事というのは、こうやって最後迄やるんだぞ」という事を、自分の背中で若い人に教えてくれたのである。


■『旭山動物園革命』角川書店、小菅正夫(昭和44年入学、獣医学部卒)