夢枕獏×松原隆一郎×板垣恵介×増田俊也
「七帝柔道を見た!」


かつて嘉納治五郎が否定した、寝技中心の高専柔道。
戦後、その系譜を継いできた七帝柔道が、このたび柔道の聖地であり
嘉納治五郎のお膝元、講道館で史上初の大会を開催することになった。
この歴史的邂逅の目撃者である識者4名に、引き込みあり、
一本勝負(判定なし)、15人の団体勝ち抜き戦、この特異な
柔道大会をそれぞれの立場から縦横無尽に語っていただいた。
(ゴング格闘技2009年8月号掲載、司会・ゴング格闘技編集部)


夢枕獏(作家)
───大会終了後、そのまま座談会に雪崩れ込もうというところですが、松原隆一郎先生は東大柔道部部長として会議に出席しているため遅れて到着します。板垣恵介先生は七帝戦を初観戦、そして夢枕獏先生も初観戦の予定でしたが……、タイムテーブルが早く進行してしまったため、到着したのは閉会式だったという(笑)。

夢枕獏 今日、試合は見ることが出来なかったけど、七帝が講道館でやるという歴史的な場に、閉会式だけでも居合わせたというのは良かったね(笑)。

───でも、夢枕先生は、昨年末に東大で行なった東大柔道部vsパラエストラの七帝ルール対抗戦はご覧になっていますね(本誌2月号掲載)。増田俊也先生は北大で七帝柔道を自ら体験している立場です。

板垣恵介 見てて思ったのは、もしこういう大会に石井慧が出て来たらどうなります?

増田俊也 キャプテンクラスの抜き役は石井君に簡単にねじ伏せられます。抜き役は抜く稽古、取る稽古をしていますから、攻める力は強いんですけど分ける力が弱い。だから自分より強い相手に当たると脆いんです。石井君がいるチームとやるなら石井君に分け役を5、6人ぶつけて疲れさせて止めるしかない。昭和11年の高専大会で拓大予科と北大予科が当たりました。拓大大将は木村政彦です。北大の作戦は前半で5人リードを広げて木村にぶつかるものでした。でも、僕は実際には5人も必要ではなかったと思います。翌年、木村先生は同志社高商の分け役相手に3人目で止められてますから。

夢枕 でもそれって、相手の出る順番が分かっていないとできないよね?

増田 それを読むのが監督です。誰がどこに出るのか。

板垣 4年間、守りに徹した人って、石井でもなかなか取れないものなの?

増田 石井君は、国際ルールに慣れてあまり寝技をやらなくなった柔道家の中では飛び抜けて寝技が強いですから、七帝の平均的な分け役相手なら4人か5人は抜くと思いますが、6人目くらいからは簡単には取られない気がします。寝技膠着「待て」なしの七帝ルールに限ってのことですが。ただ、僕は大学4年の時の中井祐樹君クラスの選手なら石井君を1人で止めると思いますよ。石井君も本当に首や脇のかたい七帝の選手とやったらびっくりすると思います。そういう人間とやったことがないから6分とか8分では取れないでしょう。七帝独特の亀の技術ですが相手のズボンの裾を片手で袋状に握って捻り、もう一方の手でそれを上から握って固めるんです。ズボンを握ってるかぎり、相手はバックにもつけないし横三角にも入れない。だから抜き役はまずこの握られたズボンを切らなければいけないんですよ。首や脇も異常に堅いし。亀といえば東北大学の亀専門の人の有名な話があります。飲んでいたとき一人だけ大通りの向こうに走っていったら、暴走族みたいなのが何十人もいて喧嘩になった。亀になってボコボコに蹴られてたんで、みんな助けに行きたいんですけど、車の通りがすごいから助けに行けない。信号が青になった瞬間、走って行ったら向こうは逃げていった。で、蹴られてた人が何事もなかったように立ち上がって「あいつら亀取りも知らねえな」って(笑)。

板垣 アルマジロみたいだな(笑)。でもさ、亀ってバーリトゥードではけっこう危ないじゃないじゃないですか。

増田 危ないですよ。でも、中井vsアートゥー・カチャー戦(94年9月26日)があったじゃないですか。

───ホイラーの黒帯とバーリトゥード・ルールで戦った試合ですね。相手のチョークを亀で守り切りました。

増田 カチャー戦の後に、どこかのインタビューで言っていましたよね。「亀に技術があるなんてグレイシーも知らないでしょうね」って。中井君は白帯の分け役から成長した超弩級の抜き役ですから絶対に取られない。だから思い切った攻めができるんです。亀もめちゃくちゃ固いし、下になっても強い。

夢枕 僕、その試合は見に行きましたよ。あの時代、中井君がアートゥー・カチャーと普通にやれたのは、柔術とは何かを一番理解していたからじゃないかな。僕は中井君が北海道で特殊な柔道をやっていたということを全然知らずに、「もしかしたら負けちゃうんじゃないの」と思って見ていたから、ビックリしたんだ。

板垣 北大の頃からすごく強かった?

増田 僕が4年生のときの1年生なので、感覚的には分からない部分もあるんですけど、今回『北大百年史』というのをつくったんですよ。以前に『北大七十年史』というのがあって、時代を代表する強豪が写真付きで解説されているんです。今回、僕は編集委員もしていたので、「この30年でもう一人加えるとしたら誰ですか」ってコーチや監督に聞いたら、みんな「中井」って言うんですよ。とくに副主将に就いてからめちゃくちゃ伸びたと。

夢枕 中井さんがいなかったら、七帝の存在を知らないままだったと思うね。妙な資料をたまたま読んでて、武徳会がどうのとか知って、「ああそうですか」ぐらいだったと思うんだよね。

───ちなみに、旭山動物園の前園長、小菅正夫さんも北大柔道部出身です。

増田 小菅さんの本に書いてあったんですけど、ホッキョクグマの檻の中に入ったとき、麻酔の効きが浅くて、急にホッキョクグマが立ち上がったらしいんですよ。檻の中で1対1の状況になって、まずいと思った小菅さんはその瞬間、バッと背中に飛び乗ったらしいです。

板垣 えぇっ、マジ? 技を掛けたの?

増田 いえ、牙や爪の攻撃を避けるために背中に乗ったんだと思います。極限状況での咄嗟の判断は小菅さんだからこそできたことでしょうね。

夢枕 麻酔が効いていたということ?

増田 もちろんそうですよ。ホッキョクグマは800kgくらいありますから。でもそこで飛び乗ったのはすごいですよ。

夢枕 勇気がすごいね!

増田 小菅さんは抜き役だったから亀取りの発想が瞬間的に出たんじゃないでしょ
うか。

───チョークスリーパーはかけなかったんですか?

増田 腕が回らないですよ。ホッキョクグマはヒグマの倍ぐらいデカいですから。

松原隆一郎(東大教授)
板垣 麻酔が効いていたから、じゃあやれるかという話じゃない? とにかく大変なハンディマッチですよ(笑)。

───七帝柔道をやれば、ホッキョクグマにも対峙できると。(※松原隆一郎氏が到着)。

夢枕 はじめに、今日の講道館でやった意義を松原さんから(笑)。

松原隆一郎 明治31年に東大・東北大対抗戦(一高vs二高)が始まり、次第に参加校が加わって、大正3年から高専柔道がスタートします。講道館柔道は明治15年に創始されていますが、大正期にも武徳会という国営組織があり、柔術も残っていて、群雄割拠状態だった。その上、高専大会が肥大化したので、嘉納師範は危機感を持たれたのでしょう。ここで嘉納先生は、当時立ち技中心、投げ中心じゃないと柔道の華麗さを世界にアピールできないと考えたんじゃないか。ネチネチ寝技をやるのは柔道の特徴ではないぞ、と。講道館の元となっている起倒流とか揚心流とかがそうだったんで、もともと講道館は立ち技でしたし。

増田 中井君は「嘉納先生の気持ちが今の僕には分かります」って言うんですよ。ルールをフリーにした場合は、どうしても寝技に流れていくと。嘉納先生は立ち技が疎かになるのを恐れていたということが、自分も柔術界で指導者としてよく分かると。

松原 表向きの理屈としては、嘉納師範は「寝技ばかりして集団で踏みつけられたらどうする」とか、護身の面を強調されたんです。それで高専大会に対し「寝技に偏るルールはやめよ」と要望されました。

増田 高校生の大会を旧帝大が主催していて、それが高専大会ですけど、もともとは京都帝大が主催していたんです。それがあまりにも隆盛を極めていくものだから、嘉納先生はまずいと思って、京都帝大まで2回足を運んだ。

松原 今は7校だけど、当時は50校近く参加していたから。

夢枕 自分のところで仕切れないから、仕切れるようにやめさせたわけだよね。ルールは今の七帝と比べて?

増田 七帝ルールと高専ルールはほぼ同じですけど、時間は大将戦30分、異常に時間が長かったんですね(現在は6分、副将・大将戦が8分)。

松原 京都大学がすごいのは、嘉納先生が2回もいらっしゃったのに、「自分たちは自分たちでやっていく」と講道館からの脱退も辞さない態度で拒否したんですね。のみならず、「それはともかく嘉納先生、書の揮毫をいただきたい」と、逆におねだりしたという。京大には嘉納先生の書が5枚もあるそうです(笑)。

夢枕 ハッハハハハ(笑)。

松原 額だけ書かせて、追い返している。したたかな人たちですね(笑)。

増田 当時は帝大柔道連盟としての矜持があって、自分たちがやっていることへのプライドがすごかったんだと思うんです。

松原 生前の嘉納師範は高専柔道を渋々しか認めず、戦後、講道館柔道は師範の思惑通りに世界中に普及して、有り余る地位を得ました。一方、高専柔道は七帝戦として七大学の中だけに受け継がれて、試合があってもファンも見に来ない、結果も誰も知らない状態でやってきた。しかし国際ルールのほうはすでに定着していて、競技では立ち技も寝技も一本とれば等価です。しかも日本人の立ち技に対し、外国人が七大柔道の寝技で対抗するような光景をみかけるようになりました。それだったら日本にもそうした柔道があることを認めて欲しいし、せっかく東大が主管するなら講道館でやったらいいんじゃないかと思って。

夢枕 やっぱり時が熟したという感じは背景にあったんだよね?

松原 講道館の館長が寝技に理解のある上村さんに代わられたり、僕が東大の部長になったりとか、偶然が重なっていたというのもあります。僕は七大柔道部出身じゃないんで、反講道館意識はありませんから。

夢枕 東大の武道場でやったパラエストラとの試合は、見てて面白かった。試合が終わるたびに選手が戻ってきて何かアドバイスを受けたりして、それがただの1試合ではなく、一人が負けても次の奴をどういうふうに試合を展開させていくかという、全体で1試合みたいな雰囲気があったね。

増田 本当に全員の心が一つにまとまりますね。僕の1学年下、今イギリスで医者をやっている大森という男から、先日、僕と僕の同期のキャプテンの2人宛に突然メールが来たんです。「いま泣きながらこのメールを書いてます」って。白帯から始めて分け役で苦しんだ気持ちを送ってきた。毎日絞められて関節を取られる。道場に入ると「強さ」というスケールしかない。その中で苦しんだと。僕ら抜き役でも寝技ばかりの練習は苦しくて苦しくて仕方がなかった。でも、分け役にとっては僕が毎日国士舘に練習に行っているような感じだったと思うんです。僕は抜き役だったのに本番で抜けなかったから大森には「精神力で俺はおまえに負けたんだよ。4年間の総決算はおまえの勝ちだ」と、僕も泣きながら返信しました。まったくの本音です。松原先生が大会パンフレットの前文に書かれていたように、初心者と経験者が一緒に稽古に励んでいることに七帝の教育的な意義があるんだと思います。まさに僕も教育された。抜き役も分け役も4年間同じ道場で苦しんでお互いに人間性を認め合うようになる。それがまさに七帝柔道の本質だと思います。

松原 昔は一学年に30人もいたので、その中で強い取り役、強い分け役がしのぎを削った。白帯は苦しかったでしょうね。でも、今は変わりました。なにしろ部員不足で、4年までで15人揃わないんですよ。辞められたら人数が足りなくなるんで、どうやって残すかということになる。苦しめたら辞めちゃいますからね。

増田 僕の頃も残そうという時代になっていました。僕の入る10年前なんかは毎学年50人ぐらい入ってやめさせるのに苦労したという伝説を聞いていますけど。

松原 これは不思議なルールで、寝技で待てがかからない。高校時代に柔道をやってそこそこ寝技の出来る部員もいます。今年我々のところには1年生が9人入って、そのうちの6人くらいは普通の国際ルールだったら1年生としては充分に使えるレベルです。ところが立ち技で倒れながら技ありを取っても、その後寝技でボコボコにやられちゃう。彼らは寝技といったら、単に投げてそのまま抑えこむのが寝技だと思っていたでしょうから、この子たちを試合に出すとしたら……。

増田 分け方を教えるしかない。

板垣恵介(漫画家)
松原 自分が亀にされたらずっと相手のズボンの裾をつかんでろとか。それまでずっと攻めることを教わっていたのに、一切攻めるなとなる。背負いをやってもすっぽ抜けたら、6分間も亀から立たせてもらえない。それでいつかは取られちゃうから、余計な攻めはするな、となるわけですよ。これは最初ショックでしょう。今までやったことの全否定ですから。

夢枕 「お前は亀だ」って言われたら、亀を4年間やるんだ。でも、選手の中には亀に生きがいを覚える人もいるわけでしょ?

松原 七帝のOBは、皆こういう柔道をやれてよかったと言っている。役割を守るということを初めて知ったと。みんなで優勝できる喜びは後の人生にもないんだと。だから個人技としてはともかく、亀だけずっとやったとしても、意義はあります。

板垣 これは見てて、完全にチームの競技ですよね。

松原 チーム競技ですね。今年の名古屋だったら大砲は2発あるわけですよ。4人も5人も抜いちゃうのがいる。これをどうするかといったら、その2人がどこで出てくるかを読んで、とにかく分けるのが得意な奴、下手だけど取られはしない奴を当てておく。そうなると、残りの取り役の当たり方次第で勝てる可能性があります。組み方を間違えれば5─0で負けるけれど、当たれば逆転して1─0で勝つ可能性がある。東北と名古屋は、2回戦と決勝で、真逆の結果になりましたが、オーダーの妙ですね。抜き役だったら、この場面で何人抜かなきゃいけないとかいう読みもある。これが分かって観戦すれば、手に汗握るほど面白い。麻薬のような面白さですね。

夢枕 他の競技だったら1試合終わって、完全にリセットして次の試合というのが、僕ら普通に試合を観戦する時の感覚だけどね。

松原 だからK─1なんかのトーナメントとはまったく違うし、そもそもワンマッチという発想が無いです。それぞれが役割を果たすという部分もすごく大きい。

───社会に出る前に、七帝で学生がそういうことを学ぶんですね。

松原 東大生なんて個人主義で入学してきて個人主義のまま卒業していくから、そういう人間の教育には絶妙な方法ですね(笑)。

板垣 今のブラジリアン柔術に比べてのレベルというのはどうなんですか?

増田 ルールが違いますから何とも言えませんが、七帝は前三角とか崩れ上四方とか、いろいろ革新的な技を、当時僅か27年間で開発していったわけですよ。その上に現在の柔道やブラジリアン柔術の寝技があるんですよね。

松原 七帝柔道というのはあくまで学生のときしか出来ない、3年数カ月だけ現役。これを一生やる人はいない。そういう意味ではまったく普及しない。じゃあこれを八大学にすればいいかというと、そういうことでもなくて、実は七大学って柔道だけじゃなくて野球も水泳も全部同時開催で大会をやっているんです。七大学間の協定でやっているものだから、柔道はその一部に過ぎない。徳島大学も高知大学もできないんです。戦前の高専柔道とは違って、旧帝大レベルの偏差値で入ってきている人たちの間だけでやっているので、どうしても技術のレベルは下がりますよ。七帝の出場規定は厳しいですよ。「入学試験を通っていること」だから(笑)。だから卒業後は、国際ルールか柔術ルールで試合するしかない。

夢枕 そうだよね。東大に入学しなきゃいけないんでしょ? 京大とか。かなり厳しいよね(笑)。

松原 柔術と比較すると、競技の資質が違っていて、柔道家のほうが力は強いんです。力で引っくり返して、力で抑え込みますから。柔術はずっと抑えていちゃ駄目なルールですから、強さのイメージがかなり違う。こっちは無理やり引っこ抜いて、無理やり抑え込んで、抑え込まれてもバンバン跳ねて、無理やり外す。これを今の日本のトップ選手とか国士舘の連中がやったら、めちゃくちゃ強いですよ。石井がやったら誰も相手にならない。だけど、石井が柔術ルールをやったら、さして強くない。根本的に発想が違うので、どちらが強いかは言えないです。

夢枕 ただ、個人トーナメントもあっていいと思うんだけどね。あと卒業してからも続けられるようにしたら? OBの試合ってやれないの?

松原 両方とも僕は思っていますよ。松原個人の意見ですけど、大会後半年の練成大会、結果を問わない錬成大会でなら、一つは分け役同士で勝ち抜き戦をやったらどうか、とか。また、引き込みの回数制限有りでやったらどうか、とか。たとえば3回までだとしたら、仕方なく立ち技を覚えたり、1回引き込んだら絶対立ち上がらせないようになったり、いろんなことが変わってくるでしょう。OBのトーナメントや取り役だけのチームと強豪柔術家のチームの対戦も現役とは違う展開になるでしょうね。

板垣 ちなみに、ブラジリアン柔術の技に流れている傾向ってあるの?

松原 ありますよ。京都の分ける技術には柔術の技術が入っている。スパイダーも当たり前のように分け役は使いますね。

夢枕 昔の高専は毎年新しい技が出来たんでしょ?

松原 今も出ていますよ。亀に関して取り方は、脇が開いているところにズボッと手を入れて帯を持って、もう一方のヒジを梃子にして横に転がす。「横返し」です。ところがズボッと手を入れさせる奴はいない。しょうがないんで、その変形がたくさん生まれたんです。SRTというのが一番ポピュラーな変形ですね。

増田 スーパー・ローリング・サンダーの略です。

───サンダーの部分がよく分かりませんが(笑)。

松原 京大は遠藤返しと呼んでいますが、他大学は開発者にリスペクトがない(笑)。もう基本技です。ただ、それも今はみんな腹ばいになって手を入れないようにして潰したりする。去年は東北の伊藤君がDDTのような技を使いましたし。

板垣 でも、それはどんどん護身術の部分から外れているけど、それでいいのかな?(笑)

松原 確かにSRTとか瞬間的にできない。でも、ある種の様式美はありますよね。亀になっている奴の首の後ろに乗って、くるくる動いたりするシーンとか、すごく七帝っぽい。後ろ帯を持って背中にヒジを当てたり、首をヒザでゴリゴリやったりして引っくり返すようなことをずっとやっていたでしょう?

増田俊也(作家)
板垣 でも松原さん、柔道には護身術としての視点もあるわけじゃないですか。

松原 ほとんど寝技である七帝は護身的には穴だらけですね。

板垣 でも、競技の中では完全に自分を守り切るというのがあるじゃない?

松原 気持ちが護身なんですよ。専守防衛の格闘技って、実は珍しいんですよね。ほとんどの競技化されている格闘技は、攻めないと「ファイト!」って促される。柔道も最近頻繁に言うようになったでしょう。攻撃vs攻撃というのは特にK─1とかすごくて、防御もするなという感じだけど、普通は攻撃vs防御ですよね。防御vs防御の格闘技って存在しないわけ。七帝で2人とも引き分けようとしている試合は、両方ともドスンと座る。

夢枕 両方が亀になったらどうするの?

板垣 亀が2匹(笑)。

松原 初日もそういう奇妙な試合が何試合かあって、攻めろよと思うけど、専守防衛で頭が一杯の選手はなかなか攻めないですね。そもそもK─1みたいなことができるのは、攻め・攻めの連中で、キレっぽい奴。ずっと防御する奴は気の弱い奴、優しい奴でしょうから……。

板垣 ボクシングはそうですよ。

松原 基本的にパンチの打ち合いができるのって、気持ちの強い奴なんです。七帝って、そういうことに向いていない奴らが始めるわけ。不思議なことに、「守れ!」と言われたら、普段闘志を出さない奴が異常な闘志を出すという現象が起きる。根が粗暴でない人間も、ただ耐えることに対しては気持ちを出せるんです。だから、周りも「あと1分、折れても凌げ!」とか言っている。七大学のエリートは勉強ではずっと攻めでしか生きてきていないから、初めて他人のために耐えて守ることを覚える。全員がそうなるから、この精神性は法則みたいですね。

増田 全員です! それがすごいと思う。

松原 板垣さんの世界にもともと住んでいないような優しい人間同士が、キレてファイトするのにいいルールなんです。

板垣 それはすごく攻撃的だし、ほんと闘争心を感じるけどね。映画の『ロッキー』でも、最後まで立っていることができるかどうか、そこで自分を出すんだというのがあるけど、それと似ているね。

松原 それが七大柔道です。今日も決勝で十字を掛けられて見込み一本を取られることを恐れた子が「参ってない、参ってない」ってずっと叫んでた。止められたら、一生悔いが残るでしょうからね。

増田 木村政彦率いる拓大予科と戦った時代の先輩も、亡くなるまでOB会に来るたびに「あのとき負けて申し訳なかった」って言うものなんです。

松原 すごいよね。80歳そこらの方が、いまだに泣くって(笑)。

増田 高校生には、ぜひこの世界を体験してほしい。初心者でも練習次第で中井君のように超弩級の抜き役になれるし、もし抜き役になれなくても全員が主役です。

松原 今回の決勝は、最後は引き分けが7試合ぐらい続いたじゃないですか。普通は面白くないはずですよ。それにもかかわらず、みんなずっと集中して見ている。僕は七帝って見所の多い競技だなと再認識しましたね。
(「ゴング格闘技」8月号掲載)
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★夢枕獏(作家、格闘技小説を多数執筆)
★松原隆一郎(東大教授、東大柔道部長、大道塾師範代)
★板垣恵介(漫画家、格闘技漫画「刃牙」シリーズのカリスマ)
★増田俊也(作家、北大柔道部出身)
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