極私的観戦記 平成23年 第60回札幌大会
           小菅正夫(昭和44年入学)

 昨年の名古屋では、地元で二連覇を目論む名古屋大学の野望を粉砕した北海道大学が、この記念すべき60回大会において、地元優勝を七帝二連覇で飾るべく、保坂主将を筆頭に部員1人ひとりが全力を注いで準備万端を整えてきた。
 第60回七帝戦札幌大会は、キタエール武道場を会場として、6月11日・12日の日程で開催された。幸い好天に恵まれ、各大学の選手並びに関係者も晴れやかな中にも気厳しい顔付きで続々と参集、決戦の開会式へと詰めかけてきた。
 大会本部は、大会委員長・浦口北大柔道部長、競技審判長・武田泰明元師範、運営委員長・松浦英幸、顧問医師・山田勝久の北大柔道部先輩が務め、大会運営に万全を期す構えである。

 我が柔道部員は、開会を前にさしたる緊張感もなく悠然とウォーミングアップをこなしていた(図1)。1人、入念に指へのテーピングを確認している保坂主将の脳裏を掠めるものは何か。堅く閉ざされた膝が彼の決意を物語っているようである(図2)。
 厳かな中にもゆったりとした雰囲気で開会式が終了し(図3)、場内アナウンスが試合開始を告げた。
 第一試合場、赤東京大学、白東北大学
 第二試合場、赤九州大学、白名古屋大学
いよいよ大会の幕が切って落とされ、会場は異様な雰囲気に包まれてきた。
図1
図2
図3
 我が北大は、開催地ゆえ7番籤の指定席で、第一試合場の敗者と敗者復活戦を戦うことになる。勝ち抜ければ、第二試合(九大VS名大)の敗者と第三試合(阪大VS京大)の敗者が対戦し、その勝者と対戦し準決勝へと駒を進めることとなる。

 第一試合東大対東北大は、金田一参段の2人抜きなどで一時は東大が1点のリードを奪ったものの、同点に追いつかれ、最後は大将決戦となって東北大に軍配は上がった。
 第二試合名大対九大は、名大が早稲田、杉山両選手の2人抜きで優位に立ち、九大宮崎主将の頑張りも及ばず3人を残して名大が準決勝に駒を進めた。
 その結果、北大の対戦相手は東大と決まった。実力校東北大学との対戦で大将決戦にまでもつれ込んだ東大である。戦力は充実していると考えるべきで予断を許さない戦いとなるであろう。

緒戦 対東京大学
 7人残しの圧勝
 東大は、4年生2人を5年生2人が補い、3年生7人が力を添える陣立てで望んできた。1回戦東北大との戦いでは、3対3で大将決戦となり東北に惜敗している。
 迎え撃つ我が北大は、4年目10人に3年目2人、2年目、1年目、5年目がそれぞれ1人という4年目中心の陣容である。1年目で五将に起用された清野弐段は、山形南出身の逸材で、前を五年目赤松、後を四年目真井に固められての初陣となった。驚いたのは、東大を叩き潰して気勢を挙げるためか、主将保坂が参鋒で出陣していたことだ。
 両軍、そろって畳に上がり、正面に礼、お互いに礼。いよいよ北大2連覇への戦いの火蓋が切られる(図A-1)。
 北大先鋒は、4年目副主将河野初段。彼は紋別柔道少年団で柔道を始め、中学・高校とひたすら稽古に励み、その集大成として今回の戦いに望む。対する東大は、2年生林初段が東北大戦と続けて先鋒に陣取っていた。河野左、林右の喧嘩四つ。河野有利に組み勝ち、右一本背負いを放つが浅い。林もバランス良く、時折右背負いを仕掛けるが、効かず。河野、帯取り、巴、背負いを繰り出し、果敢に攻め立てるも林が乗ってこない。攻め疲れたところを背負われるが、問題にならず。半分を過ぎ、河野巴から寝技に誘えば、林が付いてきて場外で引き落とす体勢になったところで突然審判の制止が入り、場内へ。再開後、強引に立ち上がろうとする河野の首が林の腕が巻かれており、送り襟絞めの体勢になってしまっていた。しかし、河野落ち着いて一気に体を捻って林の上になり、胴絡みの足を解いた瞬間には左足を越え、肩を固めて林の右腕を縛りに掛かる(図A-2)。そのまま一気呵成に足抜きへ。林必死に河野の足へしがみつく。河野、膝が抜けないと判断し、一度肩を外して膝の自由を求めた時、無常のベルが試合を止めた。東大陣より歓声。河野、後一歩で勝ちを逃す。

図A-1
図A-2
 【閑話休題】
 忘れもしない、昭和47年の京都大会。北大対阪大の準決勝戦である。盟友肥川が阪大塚本主将と対戦したときのこと。肥川は場外どころか、来賓席の机の真下まで塚本と転がって行った。机の下に入った瞬間、主審は「そのまま」と宣言。その時は、両者とも回転して動いていたのである。それが、机を取り除いた時には、肥川が下になっていて塚本に胸を合わされていた。主審は、そのまま両者を畳中央へ移動し、再開させた。一度合った胸は尋常の力では振り解ける筈もなかったが、鬼の肥川は必死の形相で危機を脱出したものの、体力を使い果たし、ついに塚本の大外刈りに涙を飲んだのである。
 河野も、動きの中で止められ、中央へ移動される間に、微妙に体勢を変えられていた。再開直後に河野が体勢を入れ替えることが出来たから事なきを得たものの、場外での静止から、移動させる場合には、動きの静止を待ち、移動後の再開に当たっては両者の体勢確認を慎重に行って貰いたいものだ。

 次鋒戦。北大は成長著しい4年目水産主将照本弐段。彼は水産学部生ながら、畑中弟や藤本ら先輩を稽古相手として十分な稽古量を積み戦いに臨むことが出来た。対するは2年生金田一参段。金田一は、東北戦で中堅として出場し2人を抜いて次を分けた剛の者。
 金田一の左大内に輝本跪いたところを横三角狙いに来るかと見えたが、すぐに離れて待て。金田一、組み際の左大内から小内に切り返せば、輝本たまらず尻餅をつく。足を絡めて防ぐところを横に付かれ、右肩を極められ苦しい展開。輝本、左足に絡み付き体を丸めての辛抱。金田一が諦めて輝本を持ち上げようとした瞬間、輝本が正対し引きつけようとするが、振り解かれて待て。金田一の圧力が相当強いようだ。輝本が取りにいけない。輝本の引き込みに、金田一寝技を嫌い輝本を持ち上げて立つ。輝本、金田一が飛びついてくるところを引き込み、うまく回転させて上に乗り、がっしりと噛み付く。徐々に上がろうと圧力をかければ、金田一たまらず畳を見る。輝本、しっかりと腰を極め、金田一の両足を宙に浮かせて絞めを狙う(図A-3)。「後、半ぶ〜ん。輝本ぉ〜」北大陣からの声援も甲斐なく、時間が過ぎて、それまで。輝本の寝技が金田一を翻弄した一戦であった。
図A-3
 三鋒に陣取った保坂主将の相手は3年生清水初段。保坂、深々と礼をして清水を取りに畳へ上がる。清水の引き込みに合わせて保坂が捌き、直ちに頭へと回り込む。その瞬間に、小坂の左手は清水の右腕を掬い、右腕は首に巻かれていた。そのまま胸を合わせて、崩れ袈裟に固め、一本(図A-4)。
 2人目は、5年生新田弐段。東北大戦では、1人を抜いてきた佐藤初段を確実に止めた実力者だ。立ち上がり、すぐに引き込まれる。保坂、左膝で股を割り、サッと右足を越える。保坂、右足を外そうと両手で足組みを解こうとするが、新田粘って再び右足を裏から二重に絡めてしがみつく。保坂、どっしりと新田の上に腰を下ろし右足を外そうとするが、二重絡みで膝の関節が逆に決まってしまい、苦しむ。保坂、左足で蹴りつつ二重絡みを外した瞬間、新田が慌てて腕を出してきた。そこを見逃す保坂ではない。右手で新田の袖を確保し、左腕をそっと肘に通して(図A-5)一気に新田の手首を落とせば、新田堪らず参りを打ち、二人目を下す。
 続く3人目は3年生張初段。181cm・83kgと保坂と似たような体格。保坂、上から奥襟を取り、引き手を取って内股に跳ね上げるも、惜しいかな空振り。清水が喜んで保坂の背中にしがみつこうとした瞬間、くるりと回転した両者。保坂はしっかりと新田を後ろ袈裟に固めていた(図A-6)。そのまま30秒が経過して一本。
図A-4
図A-5
図A-6
 4人目は、3年生山村初段。山村、奥襟を取られるとすぐにしゃがみ込みカメへ。保坂、絞め狙いで首と腋をこじ開けようとするが、山村重い腰を跳ね上げて、待て。山村、組み手争いから、一瞬の隙を突いて左に低く背負えば、保坂肩から回って、「技あり」の判定。
 “危ない!”保坂も審判を見てホッと一安心。これが立ち技の怖さだ。寝技とは違い、間違えれば一本取られる危険性を常に孕んでいる。
試合は、そのまま寝技へ移行し、山村の右腕を絡めた保坂は、左足を預けたまま横四方を狙う。山村の頑張りで膠着状態になったが、裾で絡めて腕を持ち上げ抑えに回りこむ。しかし、山村の上半身が解けてしまい、足も外されて正対へ。保坂構わず、左足を二重に絡めさせながら、上半身に圧力を掛け続け、首を袖に腕を回して絞り上げれば、袖締めが極まり、山村堪らず参りを打って一本(図A-7)。
 保坂の5人目は、3年生石井初段。保坂、両袖を掴んで引き込み、胴絡みで安定を図るが、直ちに持ち上げられて、待て。再開後、保坂の小外で石井が横転するが、上手く捻って腹から落ち、判定なし。保坂、馬乗りとなって小休止。胴を制して、横に回したところで石井が上手く回転させて正対す。石井、保坂の長い足を捌き頭へと回り込み帯を取って制しながら後ろへ回り込む、がその瞬間、石井の右手を腋に捉えた保坂が、そのまま一回転、後ろ袈裟で極めて、抑え込み。だが、保坂4人目の疲れか、10秒で解かれる。改めて、石井の背中に付き襟を送って締め上げれば、石井堪らず参りを打って(図A-8)、それまで。
 休む間もなく6人目、3年生中野初段を迎える。小柄な石井に対し両袖を持って引き込むが、暴れられて逃がす。改めて引き込み直すも、嫌われて離れる。3度目の引き込みで石井がうまく動き、保坂の背に付くも、何もせず時間の経過を待つのみ(図A-9)。結局、後ろに付かれたままで引き分け。5人抜きの保坂、拍手に囲まれて堂々の帰陣。
図A-7
図A-8
図A-9
 四鋒は、四年目西川初段。“1試合は安心して任せられるまでに成長した(佐々木元コーチ談)”努力の人・西川の初陣である。この1戦は、その証を立てる試合である。対するは、東大七将3年生廣澤初段。西川落ち着いて引き込もうとすると、廣澤が下に滑り込んできた。西川、機敏に足を越え頭へと回れば廣澤俯いてカメで守る。西川左肘に集中し、ヤッと持ち上げれば廣澤堪らず天を仰いた。その瞬間、西川は胸を合わせて暴れる廣澤を崩れ上に固めて、抑え込み(図A-10)。どんなに暴れたとて解ける筈もなく、一本。西川、4年目の初陣で七帝一勝を挙げたは、見事。
 続いて迎える2人目は、5年生鏡初段。鏡は、85kgの大型選手、1回戦の東北大戦では参鋒に出場し1人を抜いて次と分けている実力者である。西川、落ち着いて引き込み、胴絡みから袖と膝の自由を奪い、安定した体勢を確保。鏡、体重を利して上体に圧力を掛け続ける(図A-11)。鏡、何とか離れようと体を引き下げ、立ち上がろうと藻掻くところ、西川巧に引き付け、鏡の動きを制し続ける。半分を経過して、鏡ようやく西川を持ち上げ、待て。再開後の西川の引き込みに鏡動きを合わせて捌き、西川の背中に取り付くが、西川の腋と首の堅さに、鏡諦めて、立つ。またまた、同じ展開で、鏡が嫌って、立つ。4度目は、流石に鏡、帯を取って横に崩すが、何も出来ずに時間。西川、二人目を終始自分の柔道を主張し、引き分けを奪い取って、歓声の沸く陣営に凱旋す。 
図A-10
図A-11



 北大陣、五鋒は3年目宮島初段。176cm・70kgと細身ではあるが、稽古量充分。気迫を溢れさせ畳へと上がり、東大五将4年生堀内初段の登場を待つ。仕切り線に立つと、堀内の方が183cm・75kgと上背に勝る。組み際、両者同時に引き込み、堀内が下に滑り込む。下からの攻めを得意とする宮島、何とかして潜り込もうとするが、堀内の上背に邪魔されて、自分の体勢を築けず難しい試合展開が予想される。一方の堀内も同様、下から攻めようとして、どちらが先に潜り込めるかの主導権争いとなった(図A-12)。宮島はここで妥協してはならない。あくまでも自分の柔道を表現するのだ。それが七帝だ。最後の最後まで、自己主張を下ろすことなく、引き分け。
 宮島には来年までに、更なる精進を積み、どんな状況下でも、相手を引き付け、下から返して抑える柔道を目指して貰いたい。
図A-12
 北大、六鋒には4年目高橋弐段が布陣。172cm・95kgのどっしりとした偉丈夫である。対する東大四将は光武初段。光武、両腕をぐるぐる回して、高橋に挑んでくるとは剛毅。高橋左、光武右の喧嘩四つ。両者、警戒してか低く組み合い、動けず。機を見て高橋が上から奥襟を狙った、その瞬間光武が右に背負うが不十分。お互い立技勝負だ(図A-13)。高橋の内股が縺れて場外で後ろに付かれ、そのまま中央で再開するが、光武寝技を嫌って立つ。光武、右袖釣りを見せるが潰れ、高橋が背に付くも、立つ。高橋の動きに精彩を欠けているようだ。左足首の包帯が気に掛かる。何度か光武に蹴られ、ついに膝を着いてしまった。左足への負重がままならない様子。光武の動き衰えず、肩車で高橋を蹌踉めかせるが、時間。高橋の足が心配だ。
図A-13
 七鋒には平尾弐段が陣取り、東大参将2年生田村弐段を迎え撃つ。平尾は180cm・90kgの堂々たる体躯。平尾、組み手争いは面倒とばかり、双手刈りで引き倒そうと潜るが、田村なかなか腰を折らず懸命に体を伸ばして平尾を潰そうとする。平尾も剛の者、田村を持ったまま立ち上がり、組み直す。田村、平尾の攻撃を躱し続けるは弐段の実力。平尾、意表を突いて田村の背帯を左手で取り、そのまま帯取りに返し、一気に横四方に極める(図A-14)と、田村微動だにできず一本。
図A-14
 平尾、1人を抜いて副将に陣取った東大主将寺田弐段を迎えるという理想的な展開。寺田は、まさか七鋒の平尾と対戦することになろうとは思わなかったに違いない。寺田、果敢に攻めてくる。10cm以上も大きな平尾の奥襟を取りに行き、平尾が頭を下げた、その瞬間平尾の右腕を絡め取り、一気に返そうと体を沈め(図A-15)、何と平尾を捻り返して上に乗った。平尾素早く跳ね上がり、立ち上がって袴を持って姿勢を保ち、そのまま場外へ出て、待て。再開後、両者組み手争いを見せるが、平尾の力を持ってしても、寺田を組み止めることができず場外。平尾、寺田の吊り手を絞り、自由を奪う作戦。ここで無理をする必要は全くない。
 寺田、右手を負傷し、一時中断。顧問医師の山田先輩(平成16年七帝優勝メンバー)が治療に当たる。その間、平尾正座して待つ。再開、東大柔道部主将の威信を掛けて、寺尾前へ前へと押し詰めてくる(図A-16)。平尾、寺尾の両手を制し、何もさせず。いらつく寺尾、足で引き手を切るの暴挙に出るも審判見過ごす。6分を過ぎ寺尾に疲れが見えてきた。7分過ぎ、寺田が気負って出てくるところを平尾の体落とし一閃(図A-17)、寺田堪らず畳を背負って、一本。と思えたが、判定は場外。「待て」の宣言と平尾の技、筆者には体落としが先だと見えたは、欲目か。寺尾、最後の猛攻に出るも、平尾何もさせずに時間。引き分けの判定を受けて、平尾何事もなかったかのように帰陣す。
図A-15
図A-16
図A-17



 北大中堅には、4年目大瀬初段。大瀬は、この一年“最強の分け役”となる決意を固めカメの稽古に徹してきた。掛かり稽古の本立ちとなった時にさえ、彼はあらゆる攻撃を想定した鉄壁のカメ体勢を鍛え上げてきた。いよいよ、その真価が問われる初陣の時が来た。
 北大中堅大瀬対東大大将2年生山崎二段との対戦を両軍正座で迎える。大瀬、いきなり山崎の右足に組み付くところ、山崎落ち着いて大瀬をカメにし、背について攻撃。胴を持ち上げて横に崩そうとしたところを大瀬が先に回転し、正対。左腕で足を担ぎ徐々に噛み付きの体勢へ移行していくが(図A-18)、山崎懸命の引き付けに、大瀬なかなか足を越えられない。いつの間にか担いでいた足が抜け大瀬の体が山崎の左足1本に乗りかかる体勢となる。大瀬はこれでよい。無理して攻め上がる必要もない。山崎、抱きかかえられた左足を引き抜こうと藻掻くが大瀬から脱することは難しい。それでも、5分過ぎてようやく左足が解かれた。やはり、足は強い。自由の右足で肩を押し蹴り左足も抜いてきたのだ。尻に回した左腕で帯を取って引き付け、右手も腰に回して帯を取っておけば、そう簡単には外されることはないはずだったが・・・。大瀬に何があったのか。
 大瀬、背帯を掴まれて自由のカメとなる。馬乗りになった山崎は首を開かせようと、あらん限りの攻撃を続けるが、大瀬はただじっとカメのままで戦う。腋を取られて横に圧力を掛けられるが、自ら回り込んで正対。大瀬は、またもや左腰に取り付くと、そのまま時間待ち、そして終了の笛を迎えた。初陣ながら計算通りの試合展開で自分の柔道に徹しきり北大勝利を確定した大瀬の帰陣する顔は、満足感に充ち満ちていた。
保坂の5人抜きなどで北大は7人残しで東大を下した(図A-19)。
図A-18
図A-19

 次の対戦相手は?
 ここで、北大対東大と平行して戦われていた第三試合京大対阪大の試合結果を見てみよう。京大山田の2人抜きで一時は逆転したものの、参将に布陣した阪大本岡主将が2人を抜いて再度逆転し、大将不戦で阪大が翌日の準決勝に進出した。
 続く、敗者復活第二試合は、北大との対戦権を掛けて、京大対九大の対戦となった。両者攻防の限りを尽くし、九大が3対2で京大を退けて勝ち上がり、北大と準決勝進出を掛けて対戦することとなった。
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