極私的七帝戦観戦記 2005 福岡大会
           小菅正夫(昭和44年入学)

準決勝 対九州大学
いよいよ、事実上の決勝戦だ
 薄氷を踏む思いで、準決勝に駒を進めた北大の対戦相手は、天才山本を擁する九大となった。九州大学は、2年生5人、3年生5人、4年生以上5人というバランスの取れたチームで、山本主将を筆頭に9人の弐段勢を揃える強豪校である。
 北大の布陣は、3人の一年目を出場させなければならず、それぞれの後詰めとして安定感のある畠山、中井、中塚を置き、最悪でも連続失点を防ぐ構えである。先鋒井手、次鋒川口で稼ぎ、堀口・中井の頑張りで中盤までを最悪同点で乗り切り、畑中で追い打ちを掛け、遠藤で山本を引きずり出して、森田で完全に山本を止める。そして大将決戦へ持ち込み坪井が九大大将を討ち取るという作戦だ。いずれにしても森田が山本と対戦するまでに数人を用意しておかなければならない。
 一方、九大の布陣は、予想通りの正攻法で、序盤は5年生、6年生の弐段を配し、終盤に四年生弐段陣をずらりと配置してきた。ただ、北大に対する警戒心の現れか、山本主将が副将に鎮座することで万全を期す作戦と思われた。
 奇しくも、両校の読みは合致し、正攻法同士真っ正面からの激突となった。

 「赤、北海道大学。白、九州大学」
 両校が呼び上げられた。いよいよ事実上の決勝戦の開始である(図B-1)。
図B-1
北大先鋒は、一回戦と同じく2年目井手弐段が布陣し、九大3年生酒徳弐段を迎え討つ。両者腰を落として右に組み合う。井手、電光石火の背負いを放てば、酒徳体を捻り辛うじて腹から落ちて耐える(図B-2)。井手、酒徳をカメにしておき、膝で頭を押さえつつ前に引きずり落として、カメを崩そうとするが、酒徳もがっちりと畳を噛み続けて耐える(図B-3)。酒徳、このままでは耐えきれないと悟ったか、必死の形相で膝から立ちあがり、待て。再開後、井手、後手を取ってしまい、酒徳に頭を抑えられたまま潰され、後ろへ回られる。北大陣より「あと二つ半」の声。井手の背に着いた酒徳は、執拗に送り襟絞めを狙い、井手の防御が続く。井手、そのまま畳を見続け、酒徳を背中に乗せたまま、時間。両者、力を出し切っての引き分け。
図B-2
図B-3

 北大次鋒は、4年目川口が京大での失点を挽回する決意を胸に登場、九大2年生野崎と対戦。川口、組むや否や、スルリと引き込み、足を利かせて、野崎を横に落とし(図B-4)、すぐに後ろを取る。川口、じっくりと片足を固めて、横に返そうと体を捻った途端、野崎に上手く体を浴びせられ、正対に返ってしまう。ここは、慎重に行くべきところ何と勿体ない。2年生と見て、やや甘く見たか。川口、気を取り直し、改めてがっちりと引き付け、野崎を頭越しに送り出して背につく。そのまま、送り襟を狙って腹の上に乗せるが、野崎の頑強な守りを崩せない。
 川口よ、ここは脇を取って抑えに行くのか、絞めを狙うのか、どちらかに徹しなければならない。攻めは朴訥に徹した方が良いと思う。
 野崎、何とか腹ばいとなりカメへ戻る。川口、野崎の横につき横三角へ回転した瞬間、野崎は上手く首を抜き、またも両者正対へ。川口、野崎を引きつけ横に倒し、後ろに着くも時間(図B-5)。残念無念。川口の猛攻に耐えた野崎を褒めるべきか。実力的には、川口の取れた試合だった。北大陣の作戦が小さな綻びを見せた。
図B-4
図B-5

 参鋒1年目鹿島。京大戦では引き分けているので、ここは頑張りを見せて欲しい。対する九大は5年生今屋弐段が陣を張っていた。鹿島にとって試練の戦いである。
 開始早々、上背を利して飛びかかってきた今屋に奥襟をがっしりと取られ、頭を下げたところをそのまま引き摺り倒される。鹿島、何とか振り解こうと藻掻くが、後ろ帯を取られ今屋の全体重でのし掛かられたまま。鹿島が苦し紛れに出した左腕を今屋に足で捉えられ、関節を極められそうになるも、必死に持ち上げてカメに戻る。「鹿島ぁ、良く耐えた」、北大陣より歓声が沸く。今屋は休む間もなく、フェイント気味の横三角からフライパン返しと力技を繰り出してくる。鹿島、フライパンで返されそうになり、元に戻ろうと腕を広げた瞬間、その右腕が今屋に捉えられていた。今屋、じっくりと鹿島に体を寄せ、鹿島の右腕を帯で縛り、鹿島の神経を右腕に集中させておいて、抜かりなく鹿島の左腕から頸を三角に極めていた。今屋、徐々に徐々に、鹿島の上体を延ばしていき、エイヤッと一回転すれば、鹿島堪らず仰け反り、三角締めの体制にされてしまう。鹿島、懸命にブリッジで耐える(図B-6)。「あと半分」北大陣より懸命の声援が飛ぶ。今屋、上体を起こして抑えに移行しようとしてくる。「危なぁ〜い、鹿島ぁ」、声援が絶叫と化す。今屋、左腕を三角に巻いたまま鹿島に胸を合わせ、縦四方へ移行。ついに抑え込みが宣せられた。鹿島、懸命に暴れるも極まったしまった上体は如何ともし難く、解ければ時間だっただけに無念の一本負け。5年生今屋の猛攻を試合時間ぎりぎりまで耐え続けたことは鹿島の今後の糧となったであろう。
図B-6
鹿島を抜かれた北大陣、四鋒には2年目畠山が控え、鹿島の仇を討ちに畳へとあがった。畠山左、今屋右の喧嘩四つ。お互いにつり手を持って牽制しあい、両者なかなか引き手を取れず小康状態が続く。今屋が瞬間組み勝つも、お互いに引き手を切って睨み合う。両者、流れるように移動し、今屋の動きに合わせ、畠山電光の右一本背負いを放つ(図B-7)も、今屋の上背に潰され、カメにさせられる。畠山、何とか振り解いて、立ち上がろうとするが、今屋に前へ落とされ、どうしても立てない。今屋、上に乗っているだけで、攻撃に出ず、引き分けを狙う(図B-8)。北大陣より「あと1ぉ〜つ。行けぇ〜。畠山ぁ〜」絶叫にも似た声援が響く。畠山、背中に付いた今屋を振り解こうにも、長身に巻き付かれ、動くことできずに時間。鹿島の失点を取り返すことができず、九大に1人差を許したまま。
図B-7
図B-8

 北大五鋒には3年目堀口弐段、対するは2年生境初段。堀口右、境左の喧嘩四つ。堀口、がっちりと組み止め、境を前に引き落としてカメにし、横三角で回す(図B-9)も、境の首が抜けて場外、待て。境は組んだ途端、腰を落としてしまうので、再度潰してから横三角へ回し、素早く肘を取って返し、天井を見させる(図B-10)が、境の必死の藻掻きに抑えきれず、堀口持ち上げて、立つ。再開後、組み合った瞬間、帯を取って右手で境の右足を取り、大きく小外に刈れば(図B-11)、境は木の葉のように舞い落ちて一本。業師堀口らしいきれいな小外刈りで境を討ち取って対とした。北大陣、歓声に包まれる。
図B-9
図B-10



図B-11
 堀口の二人目は、九大6年生金子弐段。堀口、息を整える間もなく、金子に挑み掛かる。左奥襟をがっちりと掴み、十分の体制。金子肩車に入るところを堀口潰してカメとする。金子、立ち上がりカメを脱して直ぐに堀口を背負うも、潰れて場外。金子の動きは6年生とは思われぬ機敏さを見せる。金子の勢いある巴投げに反応し、堀口そのまま噛みつくも、膠着を嫌って立とうとした。その瞬間、金子が鋭く動き、堀口を押し倒して上になっていた。まさに一瞬の出来事だった。堀口の右足は難無く越され、あっという間に首が極められている。何という洗練された動きだ。これが6年間寝技に打ち込んだ技量なのだろう。堀口の上体は伸びたままで動けず、そのまま横四方に固められてしまった(図B-12)。肩が完全に極まってしまっており、これを抜け出すことはできない。その後、崩れ上へ移行され一本。せっかく取り返した1点を、再度奪われてしまった。
図B-12
 北大六鋒には期待の新人1年目木村弐段が陣取る。初陣を京大松田弐段と対戦し、立派に引き分けた木村の2試合目が強豪金子弐段とは、木村にとって又も大きな試練となった。
 木村、開始早々から金子の猛攻に曝される。金子の低い背負いに木村何とか体を躱しながら辛抱。金子、巴投げから引き込んでくるが、木村しっかりと正対し、がっちりと噛み付くも動き回られて場外。金子の動きは自由闊達、背負い、小外を連続して仕掛けてくる。防戦一方の木村、崩れてカメにされ、背中に取りつかれ腰を極められる苦しい展開。「木村ぁ〜、根性だぁ〜」北大陣から絶叫が飛び交う。木村、体を伸ばされるも、執拗な送襟絞めを堪える。金子に腋を取られ、肩羽に入られそうになる(図B-13)が、木村必死に振り解き畳を掴んでカメ。木村落ち着く暇もなく、またしても返され腰を極められそうになり、苦し紛れに横を向いた、その瞬間、金子に腕を取られて逆十字に入られた。木村、力を振り絞って上から潰し、金子を海老にして堪える(図B-14)。「よ〜し。ガンバァ〜。気合いぞぉ〜」木村の頑張りに北大陣全員が一つになって戦っている。金子、諦めて木村の腕を放した。今度は木村が背中について絞めを狙う(図B-15)も、惜しいかな腰の極めが甘い。「木村ぁ〜取りに行けぇ〜」陣営から攻撃の指示が飛ぶが、それまで。1年目ながら、よくぞ引き分けた。木村の執念が引き分けを勝ち取ったのだ。立派な引き分けである。
図B-13
図B-14
図B-15
 興奮冷めやらぬ中、七鋒4年目中井が畳へ上がる。「中井、取るんだぞ。ここで同点にしておくのだ」北大陣営の期待が中井の背を押す。対するは九大六鋒3年生門司選手。お互い、低く右に組み合う。頃合いを見て中井が巴からきれいに引き込む。門司、基本通り正対し、両手を中井の帯に保ち、胸を張って守る(図B-16)。中井強引に引っ張り込めば、門司堪らず引き下がってそのままカメで守る。中井、一気に返すが方向が場外で待て(図B-17)。中井、巴から引き込み、門司を潰して上になり、腰を極めて得意の送襟絞めへ集中。必死に堪える門司の頑張りが、彼の首を抜かせて、正対位置へ戻る。九大陣、一際高い歓声に包まれる。中井、足を抜いて上になり、体を下から潜らせて何とか返そうとする(図B-18)が、門司の頑張りに遭い、残念ながら時間切れ。中井には取って欲しかった試合だった。中堅を迎えて1人リードを許す展開は、後半になって苦しい戦いを強いられることが予感された。
図B-16
図B-17
図B-18
 北大陣中堅には、期待の新人吉田初段が抜擢されている。吉田は初陣の京大戦、寝業師和田弐段の逆十字に流した無念の涙を拭い、気合い十分九大3年生紫藤初段と対戦。吉田左、紫藤右の喧嘩四つ。組み手争いの後、何気なくカメになった紫藤に吉田付き合わず立とうとする。紫藤懸命に引っ張り込もうとするが、吉田落ち着いて持ち上げ、待て。再開後、紫藤またもや引き込むが吉田持ち上げて、立つ。その際、紫藤が吉田の手から落ちてしまった。ここで主審より「持ち上げた際、落としてはならない」と注意を受けた。これは、頸椎損傷の可能性があるため、お互いに注意しなければならない。
紫藤、吉田の立ち技を警戒し徹底的に引き込んでくる。吉田は嫌って“立つ”を繰り返す。吉田、徐々に紫藤の引き込むタイミングをつかみ、組み際に小外掛けで倒す(図B-19)も、引き手を持っておらず、腹から落ちられて無判定。紫藤、疲れてきたのか、組み際にへたり込み、注意を受ける。再開直後、組み際に吉田の大内刈りが炸裂(図B-20)、紫藤を畳に打ち付けて(図B-21)、美事一本勝ち。
図B-19
図B-20
図B-21

 【閑話休題】
最近、気になることがある。
 引き込まれ、足に絡み付かれた際、立ち上がって後ろ向きになり、ケンケンをしながら振り解いて逃げることだ。吉田も、これをやり、もう一度絡み付かれたが、幸運にも何とか振り解けたものの、これは極めて危険な行為だと思う。後ろを向いて足だけを抜こうとすれば、うまく絡み付かれ、そのまま倒されて致命的体勢となる可能性があることに留意すべきだ。一本勝負の厳しさを知らねばならない。
 一方、敵に後ろを見せて逃げる相手をこうも簡単に逃がしてしまうのも情けない。しっかりと引き込み、相手の自由を奪って引き分ける技量を身につけて貰いたい。
 
 吉田の二人目は、2年生前田弐段。吉田、喧嘩四つながら、左組み手にがっちりと組み勝ち、十分。ところが、前田が低い背負いを連発。吉田、対応しながら、どうしても引き手が取れず、釣り手だけの不十分なまま大外を仕掛けるが、前田強靱な足腰で体を捻って切り返しを見せる。吉田、左手深く奥襟を持つも、瞬時に担がれ、場外へ出て、待て。
 再開後、組み手十分でスススと移動するが、吉田不注意に場外へ出てしまい指導を受ける。前田の前捌きが一枚上か、吉田上手く引き手が取れない。釣り手一本で、内股に入るも効果なし。続いて、組み合うが前田に先手を取られた。前に引き出されて不用意について行ったところを巧く担がれ、背負い投げで一本負け(図B-22)。前田の注文に嵌ってしまった。背の高い吉田が頭を下げてついて行ってしまったのが敗因。吉田の今後の精進を期待したい。
図B-22
 北大七将には4年目小兵中塚が控える。中塚、緒戦京大川本戦で敗れはしたものの、最後の最後まで、闘志溢れる試合振りで川本の体力を奪った。今回も吉田を投げた前田を止める、4年目の意地の見せ所だ。
 中塚、すっと引き込む。前田、すぐに乗ってきて足を越えるが、中塚落ち着いていつもの体制で盤石(図B-23)。中塚、色気を出して腕を絡みに行ったところ、前田に上手く上体を預けられ、逆に前田を呼び込んでしまった。しかし、前田の右足は中塚の二重絡みの中、こうなっては中塚を取ることは難しいだろう。“前田ぁ。北大柔道4年間の二重絡みを受けてみよ”。中塚の両腕は、丁度前田の腰のあたりを巻いている。上背の高い前田の腹部にしっかりと抱きついているので、袖絞めも効かない。巧者前田に何もさせず、試合場中央で中塚の柔道が表現されていた(図B-24)。これぞ中塚の北大柔道なのだ。それでいい。美事であった。よくぞ前田を止めてくれた。ありがとう。
図B-23
図B-24
 六将3年目畑中弐段、九大3年生藤井を取りに畳へ上がる。畑中、逃げる回る藤井を捕らえて、左で帯を取れば藤井すぐにカメとなる。一度振り解いて立つ。畑中、右の片袖背負いは不発(図B-25)。畑中、大内から藤井を潰して後ろにつき、ゆっくりと腹に乗せて絞めを狙う。脇から襟をとり、体をずらして横四方に移行し(図B-26)、右足を二重に絡まれるも、機を見て膝を立てて定跡通り二重絡みを解いて、横四方に固めて一本(図B-27)。ここまできて、やっと対に持ち込めた。
図B-25
図B-26


図B-27
 二人目は、九大4年生古野弐段。古野、右で一本に背負い、不十分と見るや、そのまま引き込んできた。畑中、正対して腰を落とす。古野、畑中を前へ引き倒す。古野、瞬発力は極めて強い。畑中、しっかりと噛みつく。古野が体を離してきた隙に立ち上がって、待て。服装を正して、再開。畑中の体落としに古野動ぜず(図B-28)。古野、体を伸ばして引きずるように引き込んできて、畑中の右腕を引っ張り左足で跨ぐように関節を捕らえる。「危ない」北大陣が凍り付く。畑中、必死に持ち挙げて待て(図B-29)。古野、畑中を横に潰し、すぐに横三角に捉え、畑中の右関節を逆にとって一本(図B-30)。瞬く間もない魔の一瞬であった。何と、畑中を失うという予想外の展開で、またしても1人リードを許してしまう。
図B-28
図B-29
図B-30
 北大五将に陣取った2年目高橋が気後れせず、胸を張って畳へ。畑中を破り意気上がる九大古野、高橋を取る気満々。組みついてすぐに一本背負い。しかし、高橋の重い腰は揺るがない。古野叩きつけるように右奥襟を取って来る。高橋、ちょっと頭を下げて後退したところを覆い被されてカメにされ、嵐のような横三角に襲われる。重い高橋の体を浮かせて、少しずつ右踵が高橋の左肘の下へ埋め込まれていく。高橋巧く掻き出していたが、執拗な古野の横三角に高橋根負けして、関節を折られて一本負け(図B-31)。古野に2人抜きを許す。
図B-31
、4年目寝業師遠藤が控えている。ここからが勝負所だ。
 遠藤、ひび割れた肋骨をものともせず、落ち着いて古野の袖を取って、ゆっくりと腰を落とすように引き込む。が、何故か立たせられる。審判は「引き込みの際、相手を制していなかったので無効」と判断したらしいが、遠藤はそのままカメになったわけでもなく、結果として古野は遠藤の意志によって引き込まれているのだから、遠藤は古野を制していたと考える方が正しい。“相手を制する”という定義の問題であろう。
 遠藤も納得した訳ではないが、ここで審判に逆らっても致し方なく、2度目はしっかりと古野を“制して”引き込む。古野、腰を落として正対し、持ち上げて、待て。3度目は古野が引き込み遠藤正対。古野起き上がって来て、遠藤の後帯を取る。古野の胴絡みからの馬鹿絞めを軽くいなし、二つに折って膝で首を捕らえるが、古野が猛烈な捻力で体を起こしてきて、遠藤の腕を取って得意の逆十字へ移行しようと試みる(図B-32)が、遠藤落ち着いて体を落とし元の体制へ。古野の胴絡みが堅く、遠藤なかなか自由になれない。立ち上がろうとするが力で戻される。古野の力は驚異的だ。北大陣より「遠藤ぉ、あと二ぁつ」何としても、ここで古野を取らねばならぬ。ここで、古野が関節を取りに来た、その瞬間遠藤が全身を預けて潰し、古野をカメにして頭に回り込む。「あと一ぉつ」。遠藤得意の根津返し(SRT)へ向かうが、古野懸命に堪える。その瞬間、遠藤には古野に一瞬の隙間が空いているのが見えていた。遠藤は古野の右脇をとり、横四方へ移行。そして、足を縦に抜いてそのまま縦四方に固めた(図B-33)。古野微動だにせず教科書のような縦四方固めで一本勝ち。
図B-32
図B-33

 「よぉ〜し、遠藤ぉ、後1人頼むぞ」
 最悪でも森田には全力で山本と対戦して欲しい。そのためには、同点にまで持って行かなければ・・・。
 遠藤の2人目は九大3年生井上初段。遠藤、試合場のど真ん中で引き込むも、井上正対して守る。遠藤、引きずり上げるように腹に乗せ、井上に抑え込みを誘うが、井上乗って来ず、帯を突っ張りしっかりと正対したまま。これは基本だ。遠藤またしても誘うが、井上は片足を越えても、それ以上絶対に上がってこない。遠藤、引きずり上げて、そのまま返し、横四方へ固めた。「よーし!そのままだぁ」北大陣から歓声が沸く。しかし、井上も撥ね続け、7秒で解ける。井上、懸命にカメで守る。遠藤、井上の頭に回り込み、得意の根津(SRT)へ、エイヤッと返すも道衣が脱げていて決まらず、服装を正して再開。再三根津返し(SRT)を打つが、突然審判が試合を止め(図B-34)、遠藤に注意を与えた。まったく意味不明。
 後に遠藤に訊いたところ、「井上がSRTを防ぐために、腹の下で僕の指を握ってくるので、審判に注意を促したところ、逆に審判から『余計な発言をしてはならない』として注意を受けたのです」とのことであった。
 再開後、遠藤の引き込みに対し井上がカメになったところで時間。九大陣、大歓声に包まれる。ここまで来て、九大の一人リードは大きい。北大陣が安江、森田、坪井主将が残るのに対し、九大陣は宮崎、堀江、強豪山本主将に加え大将井上の4人が残っている。

図B-34
 【閑話休題】
 反則は、「審判の眼に触れて初めて反則となる」ということか。今回の主審の判断は「審判の眼の届かないところで行われる反則に対し選手が告発してはならない」ということになる。それどころか、告発した遠藤に注意を与えた訳だが、事実を確認する姿勢が見られなかったのは、如何なものか。試合を止めるのであれば、相手選手に、少なくとも事実確認はすべきではなかったのか。
 ただ、確認したとしても相手選手が、「私が指を掴んでいました。」と発言するかどうかは甚だ疑問ではある。とはいっても、反則を指摘した方が注意を受けるということに納得できないものがある。
 「見えない反則は技術の内」という反論が聞こえそうである。

 北大参将は5年目安江初段。引き分け術には定評のある昨年度副主将である。それが京大戦で躓き苦戦の一因となったことに人一倍責任を感じていた。
 対するは2年生宮崎弐段。安江、落ち着いて組み止め、引き込んで二重絡みへ。安江得意の体勢へ持って行きたいが、何と宮崎の太い腹回りに安江の腕が回りきらず、横帯を握って引き付けるのが精一杯。それでも、宮崎に上へすり抜けられ、カメとなる。宮崎、安江を引き起こして下に入り込み、安江が乗ってくるところを返すが、安江は宮崎を自分の体制に呼び込み、そのまま時間(図B-35)。安江の仕事を為し遂げた。
図B-35
 北大陣、副将に陣取った森田弐段が満を持して仁王立ちで畳を睨み付けていた。対するは九大2年生堀江弐段。組み際、森田の内股(図B-36)、不十分。森田持ち上げて、待て。森田取ってこいとばかりに左袖を出すが堀江には全く取りに来る気配は無い。森田何とか掴まえて内股に跳ね上げるも、場外。次に組んだ瞬間、森田の太い右足が堀江を刈り倒していた(図B-37)。主審は何を見ていたのか「技有り」の判定。しかし、両副審とも高々と右手を挙げて一本を宣言していた。これで四度目の同点となる。
図B-36
図B-37
 森田の二人目として、いよいよ山本主将の登場である。森田対山本という今大会もっとも注目されていた対戦が実現した。両軍ばかりでなく、会場全体が大歓声に包まれた。
 山本得意の組み際に掛ける大内を森田軽く捌く。山本の背負い(図B-38)。森田動ぜず。またも背負い、森田動ぜず。森田が組み負けている。おかしい。どうした森田!
 山本、森田を引き倒す。山本の大内。山本、前へ一瞬のフェイントを掛けて(図B-39)右小外に刈れば(図B-40)、森田堪らず腰から畳へ落ちて(図B-41)、一本。
図B-38
図B-39
図B-40
図B-41
 これは、山本が見事。森田七帝戦初の黒星を喫す。山本両拳を突き上げ自陣へ歓喜の凱旋。会場の拍手がしばし鳴りやまなかった。

 【閑話休題】
 北大随一の抜き役森田が、山本主将に組み負けていた。筆者は、何かあると直感した。もちろん森田は黙して語らない。常に選手と共にあり、技術的アドバイスや心の支えとなっている佐々木元コーチに尋ねてみた。
 試合3日前の稽古で、最も注意しなければならない怪我が森田を襲っていた。左手第3指から第5指までの3本を突き指してしまったのだ。薬指は突き指どころか、関節脱臼をしていた。森田が乱取りの最中に「あ〜、やっちまったぁ」と言って遠藤に左手を見せた。その指はあらぬ方向を向いていたそうだ。懸命な治療も甲斐なく、森田の左手3指は潰れたままで試合当日を迎えていた。当日の森田は「握力がなかったどころか、親指と人差し指で道衣を摘むくらいにしか持てなかったと思う」と遠藤が述懐している。
 宮武主将が怪我をして、一戦も戦うことなく優勝した2001年東京大会が頭を過ぎった。しかし、今回は森田を大将に置いておくことが出来る陣容ではない。
 現実は、京大戦において森田は4人を抜き、5人目に引き分け、さらに代表戦にも出場していた。一日の休みでは、精根尽き果てた森田の3指は握力を取り戻すことがなかった。
 もしも、森田が万全の体調で山本と戦っていたら・・・
 実は、森田は山本対策を練っていた。山本を取るにはこれしかない戦法。でも、指の脱臼がすべてを無にしてしまった。いや、止しにしよう。森田は完全燃焼した。一年目から七帝へ出場し、25戦して16勝8分1敗という常人では為し得ぬ記録を森田は残したのだ。4年間常に怪我を抱えながら、笑顔で試合に臨んでいた森田の巨躯が今も目に浮かぶ。森田の指は結局、動かなくなってしまい、試合後手術を受けることになった。

 北大大将に布陣するは、主将の坪井健一郎弐段。山本主将との対戦は望むところ。坪井は森田に次ぐ巨躯を誇り七帝戦には1年目から出場。しかも緒戦は九大山本選手であった。この時、坪井は山本に一本に背負われ不覚を喫している。坪井はその後11戦して2勝し、負け知らず。
 天は、ここに山本への雪辱の機会を用意してくれていた。普段、闘志を表に出さない坪井の顔が鍾馗の如く赤銅色に光っていた(図B-43)。
 両者がっちりと組み合う(図B-44)。坪井、山本を組み止める(図B-45)が、両者もう一度分かれる。坪井が組みに出た瞬間、山本の右足が坪井を狙い(図B-46)、渾身の力で放った右大内刈りが坪井の左足を跳ね上げ(図B-47)、山本の体が坪井の上にゆっくりと覆い被さって行く(図B-48)。時間は凍り付くように止まった。
図B-43
図B-44
図B-45
図B-46
図B-47
図B-48
 坪井主将、深々と一礼して畳を下りる(図B-49)。
 両軍、整列し、「二人残して九大の勝ち」が宣せられる。お互いの健闘を讃えて礼(図B-50)。そして、正面に一礼。静寂が覆っていた。
図B-49
図B-50
 平成14年入学、坪井、森田、遠藤、中塚、川口の七帝は終わった。強豪山本率いる九大に対し、北大の柔道を堂々と戦った。君たちが清田から受け継ぎ、そして畑中に引き継いだもの。それは北大柔道部精神である。勝とうが負けようが、そんなことには関係なく、勝負に拘って自分自身をさらけ出して戦うことが、必ずや人生の宝となるであろう。ご苦労様でした。美事な戦いを見せてくれてありがとう。

 あとがき
観戦記を書くという、坪井君等との約束が果たせないまま、ずいぶんと時間が過ぎてしまった。2010年の名古屋大会から、観戦記の掲載を再開することになったのだが、やはり抜けない棘となって残っていたのが、2005年の福岡大会であった。書きかけの原稿が手元に残っていたが、写真やビデオの記録がなく、書き進むことは無理かと思われていた。
 筆者は、坪井君の同期全員と連絡を取り、データの提供を求めた。遠藤君から「ビデオを保管している」との連絡があり、すぐに郵送して貰った。データは8ミリビデオであった。さっそく専門業者にDVDへ変換してもらい、観ることができたが、画質が悪く、過ぎ去った時間の長さを実感させられた。
 今回、図として示した写真は、すべてこのDVDからキャプチャーしたもので、画像が極めて不鮮明となってしまった。それでも、その瞬間の選手の動きを思い浮かべる一助にはなるであろうと考え、使用することにした。なお、本観戦記は部誌「北大柔道」には掲載されていない。